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日本の食文化を守ろうとして「有罪」!? アキタフーズ事件の真相とメディアの「弱腰」

 鶏卵大手「アキタフーズ」(広島県福山市)の秋田善祺(よしき)前代表(当時87歳)が、元農林水産相の吉川貴盛被告(70)へ違法献金を行ったとして、検察は「現職の大臣に多額の賄賂を供与し、農林水産行政に対する国民の信頼を失墜させた」とし懲役1年8月を求刑。だが、秋田氏は同業者や関係者から絶大な支持を得ているという。

 秋田氏を支持する鶏卵業者の一人、A氏が、Zoomの向こう側で悔しそうに話す。

「私はアニマルウェルフェアを否定するわけじゃないんです。でも、日本には日本のアニマルウェルフェアがあっていいじゃないですか」

 アニマルウェルフェア(Animal Welfare)とは、人間が飼育・利用する動物たちに対して、できる限り苦痛を与えず、快適で健康的な生活を保障しようとする考え方・取り組みを指す。英国人作家の問題提起により1960年代から注目を集め、その後「国際獣疫事務局」(こくさいじゅうえきじむきょく、以下「WOAH」)もこの問題に深く関わるようになった。現在はWOAHが「これはアニマルウェルフェアに反する」と基準を示すと、加盟国(182の国と地域)の監督官庁、日本なら農林水産省等がこれをジャッジし、各国で法制化を進める。

 そんな中、鶏に関する環境も激変してきた。1980年代まで、鶏はケージ(鳥かご)で飼育するのが当然だった。鶏がちょうど入る大きさの鳥かごを屋内に何段も重ね、飼育する方法だ(写真)。鶏舎は細やかな清掃、消毒、温度管理などを必要とするため、鶏舎が広ければこれを管理する電気代や人件費が増える。一方、鳥を放し飼いにすると、鶏の活動量が増えてエネルギーが消費され卵の量が減ってしまう。人間から見て、ケージで飼う方が効率がいいのだ。

 しかしこれをおして、西欧諸国は鶏を、放し飼い、平飼い(屋内でケージに入れず飼う)に変えてきた。法制化も進めだ。まずは1981年、スイスが従来型の鶏の体がギリギリ入る大きさのケージの使用を禁止した。1999年にはスウェーデン、2005年にはフィンランド、2007年にはドイツでも禁止となった。

 これだけを聞き、ケージ飼いの鶏の写真を見れば「狭い鳥かごに入れておいてはかわいそう」と感じるはずだ。このアニマルウェルフェアの流れが日本の養鶏業界に入ってこないよう政治家に違法献金をした秋田氏も「悪者」に見えるだろう。ではなぜ、鶏卵業者は今も秋田氏の行いに共感するのだろうか?

西洋文化の丸呑みは歴史的愚策

 日本では日常的に食べられる「生卵」。しかし世界では卵を生で食べる文化はほとんどない。外国人が日本に来て戸惑うのは、魚の生食より生卵だという。これが今回の摩擦を生んだ。A氏が話す。

「日本の生卵が安心して食べられるのは、ケージに入れて飼うことにより、サルモネラ菌に汚染されるリスクをほぼシャットアウトしているからです。ダニなどの媒介動物の侵入に細心の注意を払い、定期的に鶏舎を消毒し、集卵時に衛生管理をして、初めて、誰も食中毒のリスクを考えず食べられる“日本の安全な卵”ができるんです。しかし、ケージで飼えなくなれば生卵が危険になります」

 B氏はもっとはっきり言う。

「そもそも日本は放し飼いや平飼いがしにくい国なんです。高温多湿で雑菌が繁殖しやすい。渡り鳥を経由して鳥インフルエンザを“輸出”してくる中国も、日本のすぐ近くにあります。日本は適切な衛生管理、温度管理等を行って鶏を飼う方が向いている国なんです。
 しかしWOAHは欧州の国が中心となって動かしている組織で、アニマルウェルフェアに関しても、生卵を食べる日本のことなんか考えてません」

 そんな状況だったから、業界のリーダー的存在だった秋田氏は、何とか政治家を動かし、日本の生卵も食べられる文化を守ろうと身銭を切ったのだ。

「しかも、平飼いが当たり前になったら、卵の値段は今の2倍、3倍と高騰していくでしょう。ケージは建物の中に何段か設置できますが、平飼いや放し飼いにすれば、狭い日本で広い土地が必要になります。しかし近隣の問題もあるので、容易に施設の拡張はできません。平飼いや放し飼いにすれば、卵に付いた糞を洗って消毒するなど、細やかな管理も必要となります。ただでさえ現在は人件費が高騰しつつあります。率直に言えば、鶏卵の価格が安く見積もっても1.5~2倍の1パック10個が300円~400円になってくれないと、廃業する業者が一気に増えるでしょう。そうなったら、気楽に卵を食べられる時代は終わりです」

 そう、秋田氏の振る舞いは違法=罪ではあるが、見方によっては「義挙」でもあるのだ。

真相に踏み込めないメディアの「悪人構文」

 A氏は、ニュースで報じられていることは「全部本当だと思います」と話す。

「新聞に『秋田さんは鶏卵業界のリーダー的存在』と書いてありました。長く日本養鶏協会の幹部だったから合ってます。親分肌のカリスマでですよ。また『違法性がある資金提供だと分かってやった』とも書いてありました。これも合っているでしょう。彼は昭和生まれの、昭和の社長らしい人だったから、コンプライアンス意識が低かったのかもしれません。まあ、そこはよくなかったでしょうね」

 同席するB氏が、しみじみとした表情で、話を継ぐ。

「私にしてみると『会社のお金でなく自分のお金を配った』というところが、なんとも秋田さんらしいと感じました。万一のことがあっても部下を守ろうとしたのかもしれません。あと、献金した理由は、『アニマルウェルフェアに基づく国際基準案が日本の業者に不利にならないよう要望した』『それ以外の見返りは求めなかった』とされていますが、これもそうなんでしょうね」

 メディアが報じることは「事実」なのだ。ところが、新聞は秋田氏の言葉を「逮捕された人間の構文」で報じる。「~などと供述しており」という決まり文句だ。実際、「業界全体のためにしたことだった、などと周囲に説明している」という書き方がなされた。A氏が話す。

「しかしマスコミも、捕まった秋田さんが『鶏卵業界全体のためにしたこと』と言うなら、じゃあどのあたりが業界のためなの? ということまで調べないんですかね?」

 事件記者は社会問題を扱えない。たとえ現場で「被告の言うことにも一理あるな」と思っても、事件記者が書けるのは「弁護側は最終弁論で、現金の趣旨について『私利私欲でなく業界全体ためだった』と説明~」くらいまで。また、主観を交えて被告側の肩を持っても、メディアは特段利益にならず、ネットで「炎上」すれば目もあてられない。

 日本の卵は、今後どうなる? また、みんなが追い詰められてから急に盛り上がる、という日本的な経過をたどるのだろうか。